ロイヤルズ売却⑤ 税金対策

この連載最後に解説したいのは、税金対策である。これはチームを買収する動機にはならないだろうが、チームを所有し続ける動機にはなり得る。

アメリカでスポーツチームを買収する際、「Roster Depreciation Allowance(RDA)」という法律が適用される。これはアメリカのスポーツビジネスで見られる最も特異な現象の一つだが、意外と知られていない。

Rosterとは「所属選手」、Depreciationとは「減価償却」、Allowanceとは「許可」を意味する単語である。つまり、これはオーナーがチームに所属する選手を減価償却できるという法律なのだ。

減価償却とは、長期に渡って使用する固定資産を企業が購入した際に、その費用を時間の経過に合わせて計上していくことである。

たとえば、30万円のパソコンを購入した際に、その年に30万円を計上するのではなく、3年間に分けて10万円ずつ計上することができる。その結果、会計上収益を小さくして所得税を抑えることができる。

これをスポーツ選手に適応するのがRDAだ。

たとえば、チームを買収した時点での選手総年俸が150億ドルだった場合、それを15年間に10億ドルずつ費用として計上できる(*毎年同額を計上しない方法もある)。10億ドル分の所得税を抑えるというのはオーナーにとってとても大きな効果である。

RDAに関しては「選手は労働者であって資産ではない」、「選手の価値は必ずしも年々減少しない」といった批判もあるが、60年以上存在し続けている。プロリーグやチームオーナーは政治家たちの重要な後援者となっていることも多く、彼らの機嫌を損ねるようなことはできないということもあるだろう。

ちなみに、何年かけて減価償却費を計上していくかは資産の種類ごとに決まっており、RDAの場合は最大15年と決まっている。つまり、チーム買収後15年間に渡って、オーナーは所得税を抑えることができるのだ。

2017年に当時イチロー選手が所属していたマイアミ・マーリンズが売却されたことは日本でも報じられた。しかし、この年が前オーナーJeffrey Loria氏がマーリンズを買収してから15年目、選手の減価償却ができる最終年度だったことはあまり知られていない。

参考文献:
https://sabr.org/research/roster-depreciation-allowance-how-major-league-baseball-teams-turn-profits-losses
https://www.greenberglawoffice.com/roster-depreciation-allowance/

ロイヤルズ売却④ ビジネス機会創造

北米メジャーリーグでは、チームオーナーが他にビジネスを持っていることがほとんどだ。不動産、物流、ホテル、メディア、金融などなど。

オーナーからすれば、仮にチームそのものが多くの利益を生まなくても、チームを所有することで他のビジネスに好影響があれば、それは重要な価値となる。

たとえば、2017年にヒューストン・ロケッツを買収したTilman Fertitta氏は、レストラン、ホテル、カジノ、その他エンターテインメント関連の企業を経営している。

ロケッツの本拠地にFertitta氏が経営するレストランを入れ、VIPをもてなすために同氏のホテル・エンターテインメント会社を活用すれば、そのレストランやホテルの評判が高まり、顧客が増えるかもしれない。

また、チームを所有することで新たな産業に参入することもできる。

たとえば、ここ数年、NFLやNBAのオーナーたちはeスポーツに投資をしている。スポーツイベントを運営するために必要な施設や人脈、ノウハウを持っているオーナーたちは、それらをeスポーツイベントのために提供することができる。それによってeスポーツイベントが成功を収めれば、オーナーたちの懐も潤う。

このように、チームを所有することで様々なビジネス機会が生まれるのだ。

前回の投稿では、チームが収益を拡大することで生まれる経済効果を説明したが、それ以外にもオーナーが利益を上げる手段はあるということである。

Sherman氏の場合、カンザスシティのビジネス界に広い人脈を持ち、信頼も厚い。彼が新オーナーとなり地元企業と協働すれば、これまでにはなかった経済活動が生まれるかもしれない。もとより起業家として一財をなした人物である。そのようなビジョンを持ってロイヤルズを買収した可能性は大いにある。

参考文献:
https://www.espn.com/esports/story/_/id/24203693/how-blizzard-convinced-robert-kraft-other-billionaires-buy-overwatch-league
https://eu.usatoday.com/story/sports/nba/2017/09/05/who-new-houston-rockets-owner-tilman-fertitta/633557001/

ロイヤルズ売却③ 経済的価値

前回の投稿で説明した通り、今回のロイヤルズ買収は社会的価値に依るところが大きいと考えられる。

しかし、社会的価値だけがチームの価値ではない。今回は「経済的価値」を検討したい。

プロスポーツチームの収入源は、チケット収入、放映権収入、スポンサー収入、グッズ収入の4つに大別される。これらの収入が拡大し、チーム全体の収益が向上すれば経済的価値が大きくなる。

ちなみに、北米メジャーリーグの場合、最も大きな収入源は放映権収入である。

テレビ中継には全国中継と地方中継があり、MLBの場合、全国中継の放映権はリーグが契約を結び、その契約料を30球団に分配する。

つまり、たとえ自チームが低迷していても、リーグが大きな契約を結べば、ある程度の放映権収入が確保できるのだ。

実際、MLBの全国中継放映権料は増加傾向にある。たとえば、Foxとは昨年7年51億ドルの契約を結んだ。これは前回の契約(8年42億ドル)から大きな成長だ。

さらに、MLBはネット中継にも積極的で、昨年DAZNと3年3億ドルの契約を結んだ。これは以前にはなかった全く新しい収入源だ。

もう一つ言及すべきは、スポンサー収入。

数か月前、MLBがユニフォームスポンサーシップの導入を検討していることが明らかになった。これが実現されれば、チームにとって巨大な収入源が新たに生まれることになる。

これらの事柄を総合すると、ロイヤルズがいかに低迷し、チケット・グッズの売れ行きが悪くなっても、チームの収入自体は拡大する可能性が大いにあることがわかる。

したがって、Sherman氏はロイヤルズの経済的価値も高く評価していたのではないかと推測される。

参考文献:
https://www.pwc.com/us/en/industry/entertainment-media/assets/2018-sports-outlook.pdf
https://www.nytimes.com/2018/11/15/sports/mlb-fox-tv-deal.html
https://www.forbes.com/sites/maurybrown/2019/01/30/espn-in-negotiations-to-extend-mlb-media-rights/#569d8b506e61
https://www.sportsbusinessdaily.com/Journal/Issues/2018/11/19/Media/MLB-DAZN.aspx

ロイヤルズ売却② 社会的価値

前回の投稿で説明したように、現オーナーのGlass氏は2000年にロイヤルズを1億ドル弱で買収し、新オーナーのSherman氏は10億ドルで同チームを買収することになる。この価格をもとに「ロイヤルズの価値が10倍になった」と言うこともできる。

しかし、ここで注意したいのは、チームの売買はあくまで現オーナーと新オーナーという個人間の交渉で成り立つものであるということだ。

したがって、新オーナーが大きな価値を見出せばその分価格も上がる。すごく主観的な価値なのだ。

では、オーナーはどのようにチームの価値を測っているのだろうか。

チームの価値にはいくつかの種類があるが、今回触れたいのは「社会的価値」。これは、チームを所有することで得られる満足感やステータスといった象徴的な意味に基づく価値である。

「アメリカ人はビジネスにシビア」というイメージがあるかもしれないが、「大好きなチームのオーナーになる」ということ自体がチームを買収する動機となるケースは多い。

実際、今回のSherman氏による買収は、この社会的価値によるものだと個人的には見ている。それは彼の経歴や発言から明らかだ。

Sherman氏は40年以上カンザスシティに住み、ロイヤルズの大ファン。2014年にロイヤルズがワールドシリーズに進出した際は、家族旅行でパリにいたが、一人だけ早くカンザスシティに戻り、第6戦と第7戦を観戦したという。

Sherman氏は、ロイヤルズだけでなくカンザスシティにも強い愛着がある。これまで地元の財団や教育機関に多額の寄付をし、図書館の理事長を務めるなど、市の福祉のために尽力してきた。

数年前のインタビューでSherman氏は、「スポーツチームはコミュニティの資産だ。それを忘れてはいけない」、「その気になれば金儲けのために使うこともできるだろうが、私は野球を愛しているのでね」と語っている。

また、同時期に行われたインタビューでは「(これまでのビジネスとは違う)何か新しいものを探している」とも明かしている。

すでに起業家として大きな成功を収め60歳を過ぎたSherman氏が、金儲け以外の人生の楽しみを探していた。愛するロイヤルズを所有し、愛するカンザスシティのために運営する。それが今回のロイヤルズ買収の最大の動機だったのではないだろうか。

参考文献:
https://www.cleveland.com/pluto/2018/03/inside_story_how_john_sherman.html
https://fox4kc.com/2019/08/30/royals-confirm-david-glass-has-sold-team-to-businessman-john-sherman-co-investors/
https://www.cleveland.com/tribe/2019/08/cleveland-indians-vice-chairman-john-sherman-in-talks-to-buy-kansas-city-royals-according-to-report.html

ロイヤルズ売却① 概要

先週「ロイヤルズが売却検討 価格は約1100億円以上」というニュースがヤフーニュース等で報じられました。

この時点ではまだ「売却検討」という報道でしたが、その後、売却合意が正式に発表されています。

フォロワーの方から「なぜ球団の価値がそこまで上がったのか。その背景について解説してほしい」とのお問い合わせがあったので、今週はこの件について詳しく解説していこうと思います。今日はまずその概要を整理します。

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先週金曜日、カンザスシティ・ロイヤルズのオーナーDavid Glass氏は、地元カンザスシティの実業家John Sherman氏にロイヤルズを売却することを発表した。

Walmartの経営で財をなしたGlass氏は、2000年に9600万ドルでロイヤルズを買収した。それ以来、2014年のリーグ優勝、2015年のワールドシリーズ制覇といった輝かしい記録を残した一方で、100敗したシーズンも少なくなく、全体で見ると負け越しのシーズンのほうが多い。近年は健康状態が思わしくなく、84歳となる今年はロイヤルズを売却することが喫緊の課題となっていた。

新オーナーとなるSherman氏は64歳のビジネスマン。InergyとLPG Services Groupといったエネルギー関係の会社を立ち上げ、財を築いた。

現在は、どちらの会社も売却しているが、カンザスシティのビジネス界で影響力を持つ実業家として知られる。ちなみに、現在は、農業やバイオテクノロジー関係のビジネスを試しているようだ。

ロイヤルズ買収のためにSherman氏が支払う額は明らかにされていないが、おそらく10億ドルほどになるだろうと報道されている。

決して強豪とは言えないチームの価値が、なぜ19年間で10倍にまでなったのか。「社会的価値」「経済的価値」「ビジネス機会」「税金対策」といった観点から解説していきます。

参考文献:
https://www.royalsreview.com/2019/8/30/20840934/royals-to-be-sold-to-john-sherman-for-1-billion-according-to-report
https://fox4kc.com/2019/08/30/royals-confirm-david-glass-has-sold-team-to-businessman-john-sherman-co-investors/
https://www.mlb.com/news/glass-family-agrees-to-sale-of-royals